2004年7月に逮捕された博多の元スナックママ・高橋裕子(たかはしゆうこ)。
この記事では高橋裕子のプロフィールや経歴、人柄の分かるエピソードなどをまとめていきます。
ぜひ最後まで読んでみてくださいね。
高橋裕子のプロフィール
高橋裕子のプロフィールをまとめていきますね。
基本的なプロフィール
- 名前 :高橋裕子(たかはしゆうこ)
- 生年 :1955年
- 出身地:福岡県
- 学歴 :東京の音楽大学卒業
白雪姫と呼ばれた理由は?
高橋は幼少期から、色白で目鼻立ちが整い、上品な立ち振る舞いをしていました。
ピアノも得意で、周囲からその容姿や育ちのよさを評価され、「白雪姫」という愛称で呼ばれていたそうです。
音楽大学時代の同級生も、彼女の美しさについて証言しています。
「白雪姫」というのは事件発覚後に付けられた異名ではなく、もともと地元や周囲で使われていた愛称。後に重大事件の犯人として知られるようになったため、その華やかなイメージと犯罪との落差が注目されました。
生い立ち
高橋裕子の生い立ちをまとめていきますね。
1955年出生
1955年、福岡県で靴販売店を営む家庭の長女として誕生。
幼いころからピアノを習い、上品な容姿と振る舞いで周囲の注目を集めていました。
20代
東京の音楽大学に進み、在学中に資産家の男性と結婚。(最初の夫)
2人の子どもをもうけましたが、結婚生活は後に破綻し、離婚します。
離婚後は福岡に戻っています。
30代
建築設計事務所を経営する男性と再婚し、夫の事業にも関わるようになります。(2番目の夫)
バブル景気の時期には、豪華な自宅で暮らすなど、経済的に恵まれた生活を送っていました。
1990年代
バブル崩壊などの影響で夫の会社が経営難に陥り、借金や取り立てに直面。
1994年、2番目の夫と離婚。
高橋はスナックで働くようになり、その後、福岡・中洲で自分の店を開きました。
1999年に高級旅館の総支配人と再婚。(3人目の夫)
2004年
男性客から金銭を脅し取った疑いで逮捕され、その後、夫2人の死亡事件についても捜査が進みました。
当初は自殺や病死と扱われていた事件が、殺人事件として立件されました。
2011年
元夫の殺害、別の夫に関する嘱託殺人、恐喝、保険金詐欺などの罪で無期懲役が確定。
人柄の分かるエピソード
高橋裕子の人柄が分かるエピソードを紹介しますね。
歌が上手く、人当たりが柔らかい
高橋がスナックで働いていたころを知る女性経営者は、彼女について、音楽大学出身で歌がうまく、容姿も整い、客への接し方も柔らかかったと証言しています。
カラオケではテレサ・テンの「つぐない」や森高千里の「私がオバさんになっても」などを歌っていたそうです。
華やかな容姿だけでなく、歌唱力や接客も人気を集めた理由だったと考えられます。
スナックですぐ人気を集めた
夫の事業が悪化して生活環境が変わった後、高橋は知人のスナックで働き始めます。
店の経営者によれば、当初は時給制で働いていましたが、歌や接客を通じて客から人気を得ていきました。
その後、中洲のクラブなどで男性客とのつながりを広げ、最終的には自分の店を開業します。
人と接する場で自分の魅力を生かし、商売につなげる能力があったことがうかがえます。
事件の概要
高橋の事件が注目されるのは、単に複数の保険金をめぐる犯罪だったからではありません。夫たちの死が当初は別の原因と判断され、長期間にわたって真相が明らかにならなかった点にもあります。
| 時期 | 事件の概要 |
|---|---|
| 1994年 | 2番目の夫が死亡。当初は自殺と判断されたが、後に殺人として立件 |
| 2000年 | 3番目の夫が浴槽で死亡。後に嘱託殺人として立件 |
| 2004年 | 恐喝容疑で逮捕され、その後、殺人事件などの捜査が進展 |
| 2011年 | 無期懲役が確定 |
まとめ
2004年7月に逮捕された博多の元スナックママ・高橋裕子のプロフィールや生い立ちをまとめてきました。
- 裕福な家庭の長女として誕生
- 幼少期から容姿や育ちのよさから「白雪姫」と呼ばれる
- 東京の音楽大学に進学
- 在学中に結婚し子どもを2人もうける
- 離婚し、地元福岡に戻る
- その後、2度結婚
- 2004年、恐喝容疑で逮捕
- 2011年に無期懲役が確定